デジタル絵画について

 

 パソコンのデジタルペイントツールの原型が登場したのは1975年のことで、1991年に発売されたMicrosoft Windows 3.1には付属ソフトとして「ペイントブラシ」が搭載されていた。 このツールは、いわゆる「子供向けのお絵かきソフト」のレベルだったが、その後の30年の間に、デジタルペイントツールは劇的に進化した。 また、この「ペイントブラシ」と同時期に、写真編集ツール「Photoshop」が登場し、レイヤーの概念が確立され、レイヤー合成(多重露光)も可能になった。 この2つのデジタルツールの登場により、ペインター(画像制作者)は、現実世界に存在する、あるいはそれを超えるさまざまな絵画技法を、普通のPCで実行することができるようになった。 また、スマートフォンとともにタッチパネルも普及した。 2000年代前半、私はマウスを使って絵を描いたことがあったが、描きたい箇所に線が引けないもどかしさから、デジタルによる作画を諦めていた。 その頃のデジタルツールと比べると、今のツールは性能が各段に向上していて、例えば、液晶タブレットは最大サイズで32インチ(854×506mm)のものが市販されており、大きな紙面に直接絵を描く感覚で作画することができる。 当然、作画中に拡大することも可能なので、ドットレベルでの超高精細な作画も可能だ。

 デジタルツールの登場は、1800年代にチューブ入りの絵具が登場したときの状況に似ていると思われる方も多いのではないかと考える。 顔料と油を混ぜて絵の具を作り、それを塗るという手間を考えれば、油絵具がチューブ入りの絵具になるのはごく自然なことだった。 それまでは、画家しか使うことが出来なかった絵の具が、今では殆ど誰にでも、いつでも使えるようになった。 材料による質感や発色による表現性や実体性等を考えず単純に画像制作だけを考えた場合、デジタルペイントツールは絵の具チューブに匹敵する以上に作業性を向上させることが出来る。 このようなことから、今後デジタルペイントツールは私たちが望む方向にさらに進化する共に、一般化が進むと考えられる。

 ところで、デジタル画像をアートの表現手段として考えた場合についても少し考えてみよう。 例えば絵の具を使用してキャンバスに描かれたリアルな作品は絵の具の原子レベルまで一様であるので、どこまでも拡大することが出来る。 すなわちリアルな作品はほぼ無限大の情報量を持つが、デジタル作品は所定の解像度以上の情報量を持たない。 従って、今現在は、デジタル作品の実体性がリアルな絵画に比べて希薄な存在であると認識されることが多く、描かれている内容や意味は別にして、デジタル作品の価値は低く見積もられることが多いと思う。 実際、デジタルで制作され、プリントされた作品はコンペティションでは版画のカテゴリーに分類されるケースが多くなっていると聞いている。デジタルデータを版として取り扱うという考え方だと思う。 一方、デジタルアートの別の側面も考えておく必要がある。 それは発信力だ。 ワールドワイドでSNSが普及している現在、デジタル作品を投稿すれば瞬時に地球の裏側の人々へも発信できる。 拡散も容易なので発信力は圧倒的だ。描いたものを写真にして発信しているのではなく、直接画像を発信できる点が非常に特徴的だと考える。 絵の具で描かれた作品はその工芸性、実体性から、それを直接見た人々に色々なメッセージを届けることができるが、どうしても限定的にならざるを得ないことから、発信力はデジタルアートの特徴として認識しておくべき点だと考える。

 

20世紀末からのデジタル技術の進化はまだ途上で、今を生きる私たちはこのデジタル技術の大きなうねりの中にいます。この後において、特に絵画について言えば、白紙や壁があれば何かを描いてしまう人間的な本質に対して究極的なエッセンスを取り出したデジタル絵画は更なる普遍的な展開の末、絵画といえばデジタルで描かれたものを指すようになる時代が到来することもあるのではないかと思います。